父が遺した夢を追いかけて|
私が宝くじを買い続ける本当の理由
父とは夏休みに入ったら、一緒に食事に行く約束をしていました。
あと数日というところで、父は突然逝ってしまいました。
この記事は、宝くじの攻略法ではありません。
大切な人を失って、それでも夢を持って生きると決めた、私の話です。
父という人——穴の空いた靴下で走り続けた少年
父は戦時中に生まれました。
小学生のころにはもう新聞配達をしていました。穴の空いた靴下を履き、靴も破れて、足は冷たく冷え切っていたそうです。それでも毎朝早くに起きて、配達に走っていた。
自分の教科書は持っていませんでした。妹たちの教科書を買うために、自分の分を諦めていたからです。
家族のために動く。
それが父の生き方でした。
学校ではいじめられている子がいれば、ひとりで年上の子に立ち向かっていくような子だったそうです。当時の校長先生からも「芯が強くて、ちょっとやんちゃな子」としてかなり有名だったと聞きます。
中学を卒業すると大工の道に進みました。一から技術を学び、やがて現場監督を任されるまでになりました。穴の空いた靴下で走っていた少年が、大きな建物の建設を指揮するようになった。父はそういう人でした。
父の口癖と、あの笑顔
父はいつも自分の話を面白おかしく話して、周りを笑わせてくれる人でした。
苦労話も、武勇伝も、全部笑い話にしてしまう。そんな父が大好きでした。
そしてよくこう言っていました。
「宝くじを当てたら、全部お前にあげたいんだ」
買ったこともない宝くじの話を、笑顔で語る父。
でも実は、父が宝くじを買ったのは数えるほどしかありませんでした。
そのお金は、いつも家族や周りの人のために使われていたから。
言葉で夢を語りながら、行動では愛を示し続けた人。それが父でした。
果たせなかった夏の約束
18歳で寮に入り、バスガイドとして働き始めてからは、父と過ごす時間は限られていました。
それでも距離を感じないように、誕生日と父の日には必ずプレゼントを贈り続けました。「いつかもっとゆっくり話そう」——そう思いながら、なかなかできなかった親子の時間。
私には娘がいます。その夏、家族で父と食事に行く約束をしていました。
もうすぐひ孫も生まれる予定でした。見せてあげたかった。
その約束が、最後になりました。
心臓の病で、突然逝ってしまいました。
闘病していたわけでもなく、本当に突然のことでした。
死に目に遭えなかったことは、今でも心に残っています。
もっとたくさんのことをしてあげたかった。もっと話をしたかった。後悔だけが残りました。
でも父は、私たちが暗い顔をして
生きることを望んでいるだろうか。
答えはNOでした。
親友・シータ・千尋——続いた別れの日々
父を亡くしただけではありませんでした。その前後に、大切な存在を次々と失いました。
親友との突然の別れ
長年の親友が、突然この世を去りました。
震災があれば現地に駆けつけて片付けを手伝い、支援活動にも積極的に参加して、保護犬を引き取って家族として育てる。誰かのために自然に動ける、とても優しい人でした。
昨日まで普通に話していた人がもういない。その喪失感は言葉にできないほどで、しばらく何も手につきませんでした。
千尋の闘病、シータの介護
私には長年一緒に暮らしてきた2匹の家族がいました。フレンチブルドッグのシータと、イングリッシュブルドッグの千尋です。
千尋は10歳のとき皮膚の癌が見つかり、手術をしても再発を繰り返しました。それでも亡くなる3日前まで庭でボール遊びをするほど元気でいてくれた。3年間の闘病の末、千尋は旅立ちました。
千尋が亡くなって1週間後、今度はシータが持病で倒れました。そこからシータとの最後の1年が始まりました。
毎晩、私の布団の隣で一緒に眠る
2〜3時間おきに起きてスポイトでお水やご飯をあげる
食べられなくなってからはりんごとバナナのジュレを手作り
介護用の車椅子で毎日リハビリ
発作には夜中でも調べてマッサージ
やれるだけのことはやれた。そう思えたことが、唯一の救いでした。シータは17歳で旅立ちました。
シータも千尋も逝った。
でも夢だけは、生き続けている。
悲しみの中で夢を語り始めた
父が亡くなって、家族全員が深い悲しみの中にいました。
「どうすれば家族を元気にできるか」——必死に考えた末に、父の言葉が浮かんできました。
「宝くじを当てて、お金をあげたい」。あの笑顔で語っていた父の言葉。
私は、宝くじの夢を家族に語り始めました。
最初の反応は冷ややかなものでした。
そんなことを言われながらも、何ヶ月も夢を語り続けました。「当たったらこうしたい」「次はこの日に買う」「縁起のいい日はここ」——宝くじを中心に、毎日少しずつ明るい話をし続けました。
すると不思議なことが起きました。
家族みんなが宝くじを買い始めて、かなり元気を取り戻してきたんです。
落ち込んでいた家族が宝くじを買い始めた
「当たったら何する?」という会話が増えた
家族の表情が少しずつ明るくなった
悲しみの中に「楽しみ」が生まれた
宝くじが当たったわけじゃない。でも「夢を持つこと」が家族を救ったんだと、今でも思っています。
だから私は動き出した
父にもっとたくさんしてやりたかった。でも暗く落ち込むことは簡単だ。
父が夢見た「家族を幸せにしたい」を、今度は私自身の行動で成し遂げよう。私はこんなにも元気で、幸せに生きているよ——そう父に伝えたい。
だから私は宝くじを買い続けます。当たる当たらないじゃなくて、夢を持って、今日を生きるために。
宝くじを買うことは、夢を持ち続けること。
夢を持ち続けることは、今を前向きに生きること。
今を前向きに生きることが、父への最高の恩返し。
それが私の答えでした。
でも、もっと大切なものを
すでに受け取っていた。
お父さん、約束の食事はまだできていないけれど、家族みんな元気に過ごしています。
あとは6億円の当選を待つだけ(笑)🌟
もしあなたも大切な人を亡くして、前を向けない日々を過ごしているなら。小さくていい、ぼんやりでいい。夢を持つことから始めてみてください。きっと少しずつ変わっていくから。
まとめ
✅ この記事のポイント
- 父は貧しい中で家族のために走り続けた人だった
- 「宝くじを当てたら全部お前にあげたい」が父の口癖
- 突然の死で、夏の約束は果たせなかった
- 親友も、愛犬も失い、大切な人との別れが続いた
- 悲しみの中で夢を語り続けたら、家族が元気を取り戻した
- 夢を持って生きることが、父への最高の恩返し
※本記事は個人の体験・考え方をもとに作成しています。当選を保証するものではありません。
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